漢方のおはなし

2012年06月02日

再度~咳

パートさんの子供です

咳が止まらず見て下さいって 字 を


身内?だからって直筆の字で遠隔診

あまりお客様ではやりません



うーん

桂枝二越婢一湯


夜帰って、一服で止まらなかった咳が止まったって

すご~い って

いや、全然すごいことではありません、ほんと


その子は

お母さんに

ぼくに何かあったら先生にみてもらって といって

字をわたしてあるんだそうです



5月は咳のお客様

結構 桂枝二越婢一湯 の方ありました

麻黄

中国で自生していた麻黄



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2012年06月01日

咳がとまらない

ちょっと前、咳が止まらない方が多かったですね

お客様でも結構ありました

実はうちのパートさん

5月8日から来てくれてます

仕事しながらコンコンとされるので・・・(^_^;)


話しを聞いてみると、もう一か月ぐらい前からと


うちに来る前に病院もかかっていたけど

アレルギー性の咳って言われましたって


夜も咳でほとんど寝られないときもあるみたい


これじゃあかんと

漢方薬

まあ咳の感じからして麦門冬湯

糸練功で確認しても OK

飲んでもらいました


夜はすっかり楽になりましたって


でも、パートは毎日じゃないので、休み明けに

まだ店でもコンコン・・・  


ありゃありゃ、こりゃあかん

見直しだ



小柴胡湯合麦門冬湯


4日分

すっかり良くなりました


少陽系の熱があったのね


それにしても

漢方薬はズバっといくと

すばらしい切れ味です


サイコ

ミシマサイコ


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2012年05月16日

芍薬

毎月一回書いてます

滋賀夕刊「漢方のお話し」

サト先生と交互です

ですから私が書くのは二か月に一回です

昨日、5月末掲載分の原稿書きました

125回 もう10年以上続けてることになるんですね!!

実は、もっと前は一か月交代って、決めてなかったんですよね

原稿依頼が来ると、サト先生とせめぎあい・・・

この前撲書いたし、今月はあんた書きや~

なにいってるの!その前は2か月連続で書いたやん!!

こんな調子で毎月ね(^_^;)



で、今回は私です

10年も書いてると、正直ネタを考えるのが一番苦労・・・

うーん

困った時の生薬ネタ

5月に咲く花は・・・

やっぱ芍薬か

でも芍薬は処方多すぎ、メジャーすぎ、的絞れんから・・・

あれくらいの字数ではようまとめんわ

ってことで

そうやアケビなら (木通ね・・)

処方少ないし・・・

ってことで、軽くサト先生に話してみたら


やっぱ芍薬でしょ

みんな芍薬が漢方薬に使われてることって知らんのちゃう?

それを教えてあげたら、そうなんか~ってなるやん


芍薬っていうぐらいやから、薬だって知ってるやろ! と私


そんなん知らんて!

そうそう芍薬! 芍薬で書き



人ごとやと思って、簡単に・・・

ってことで

今回芍薬です

芍薬


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2008年10月30日

お子さんの片頭痛

昨日が2回目の来店の小学4年生女の子。

小学校入学ごろより、ほぼ毎日頭痛がするとのことでした。

って聞くとまず、「学校に行きたくない・・・」

という精神的な面に原因があると思いがちですが、

この子は学校に行っている間に痛くなってくるとのこと。

別に学校へ行くことはまったくイヤではないようです。

夜、お風呂に入ると治ることがあり、電球

治らないときはバファリンをのんでられます。

食べ物、飲み物について聞いてみると

冷たいジュースを良く飲み、ほぼ毎日アイスクリームを食べるとのことでした。

やっぱり・・・

そうですね、冷えてます、胃が。

確認のため、糸練功では-0.5合、胃臓陰証です。

ってことで、まず2週間漢方薬飲んでもらったら

全然前と違って楽になるとのこと(^。^)

のむと1分ぐらいで楽になるそうです。

糸練功の値は1.6合

もっともっと良くなりますよ

アイスクリーム、ジュースの注意をしておいたので減らしたみたい。

(減らすのじゃなくって、やめてほしいのですけどネ、特にアイスはネ(^_^;))




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≪パートさん募集中です≫


?月~金曜 午後3時~8時 の間で応談

?土曜日 
   午前10時~午後8時の間で応談

?冬休み、春休み、夏休み期間中(月~土)
   午前10時~午後8時の間で応談


お仕事は店舗業務の補助全般です。
 

特別な資格は何も要りません

明るい方、人と話すのが嫌いじゃない方

接客業が好きな方・・・


東洋医学の知識を自然に身につけることができますよ。

連絡くださいネ!!








at 18:46|Permalink

2008年10月15日

たまっていた

たまっていた滋賀夕刊をアップしました。

なんと

78回 中国広東雲南研修

79回 夏の疲れをとる漢方薬!

80回 慢性の頭痛

81回 漢方でアンチエイジング?


の4回分です(^_^;)

滋賀夕刊が届いている方は御存じだと思いますが

このHPだけを見ていただいている方は

もう滋賀夕刊はやめたのか?  なんて・・・

そんなことはありません。

毎月一回、書いていますよ

これからもどうぞよろしくお願いします。





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at 20:08|Permalink

2008年07月07日

七夕と朝顔

久々の更新です。

更新しないにもかかわらず、チェックして下さっている方々には本当にありがとうございますm(__)m。

中国研修のこともアップしたいのですけどね・・・

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サト先生が子宝のお客様に配っているサザンの原由子さんの朝顔


伸びてきましたよ!!


急に暑くなったせいか、つるがぐんぐん笑顔



朝顔なんて小学生のとき以来ですね。

種から植えるなんて本当にやったことなかったので、結構育つのが楽しみです。



ところで


朝顔の種のことを生薬名で牽牛子(けんごし)と言います。

峻下、利尿、殺虫の効果があります。

でも作用が強く、あまり一般的には使わないと思いますけどネ。

古来中国では朝顔の種はとても高価なもので、牛と種を交換したことから、牽牛子と名付けられたそうです。



牽牛(けんぎゅう)といえば、


今日は7月7日、そう!七夕です

年に一度

織姫さんと牽牛(彦星)さんが天の川を渡って、会える時ですね。

お天気はどうでしょうね

なんか雲りっぽいですけど・・・




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2008年05月20日

扁鵲と三兄弟

先日、腰痛のお客さまの問診で、ヘンセキという漢方薬を買って飲んでいるという方がおられました。

ヘンセキは漢字で扁鵲と書きますが、ダイエットの漢方薬です。

飲むのは悪くないのですが、糸練功で診ると腰痛に3種類の漢方薬が必要なことをお話すると、しばらくお休みするとのことでした。

腰痛ももちろん体重が重いと悪影響なのですが、減量しなくても腰痛自体は楽にすることができます。


ところで、この扁鵲という名前ですが、

本来は中国の古代の名医、扁鵲(へんじゃく)から取っているものでしょう。

扁鵲の名は、張仲景が著した傷寒雑病論の序文の冒頭にもでてきます。

この扁鵲というのがすごい人で、紀元前4世紀ごろ(中国の春秋戦国時代、日本では弥生時代(^_^;)の伝説的な名医です。

顔を見ただけで病がわかり、病を治したり、死期を当てたり・・・

また、亡くなった太子を蘇らせたり・・・と


扁鵲の名は諸侯にとどろくところとなっており、

それを聞いた魏の文侯が扁鵲に尋ねました。

「お前には医者の兄が二人いると聞くが、他の二人の名前は全然聞いたことがない。いったい兄弟の中で誰が一番腕が立つ医者なのか?」


扁鵲は答えました

長男は病の兆候が表れぬうちに治してしまうので、名前はほとんど知られていないのです。

次男は病の兆候わずかのうちに治すので一地方でしか知られていないのです。

私なんぞは病が表れて、それを手術や投薬で派手に治療するので、

「名、諸侯に及ぶ」のです  と


元々この扁鵲という人

旅館で働いていたのですが、その常連客の中に仙人がいて、その仙人から物を透けてみることができる力(千里眼)を授かったといわれています。


しかし活躍したといわれる範囲が広く、また年代も長いため、一人ではなかったのではないかとか、扁鵲の後を継ぐ医者も含めその一派のことを扁鵲といった などという説もあります。


いずれにせよ、中国の東洋医学の歴史にはすごいものがありますネ。

サト先生のブログにもありましたように、足立病院の中山先生がおっしゃったという

「漢方は2000年以上の歴史があり、残ってきているのだから絶対本物だと思う」


我々には本当に励みになる言葉です。




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2008年05月19日

胆石に金銭草

昨日の日曜も忙しかったです。

サト先生は土日で不妊症研究グループの勉強会に東京へ。

私は午前中は京都で業界の会の総会

午後からは大阪で伝統漢方研究会の定例勉強会でした。

おもしろいのは、大きい小さいにかかわらず、胆石(胆砂を含め)を持っている人がとても多いことです。

勉強会の出席者のほとんどの先生が胆石の持ち主で、持っていない人を探す方が難しいぐらい。

普段の生活には支障がないレベルなので、問題はないのですけどネ・・・

糸練功で診ると胆石はすぐにわかりますから。

胆石には金銭草(きんせんそう)がなんといっても一番です。

場合によっては芍薬、茯苓を加えます。

うちでも数人の方に飲んでいただいていますが、効果良いです。

欠点は煎じ薬しかないこと。

味はまずいということはないのですが(決しておいしくもない)

煎じるときの臭いが結構あるので、換気がしっかり必要ですネ。

でも胆石に限らず、腎結石、膀胱結石、膵石から歯石まで!

体内の石ならなんでも応用できます。

注意していただきたいのは

同じ金銭草でもちゃんと石に効果があるのとないのとがありますから・・・

金銭草ですが、日本では連銭草(れんせんそう=かきどうし)と呼ばれているのですが、

ここらあたりが・・・

中薬学の辞典でみても

正品は シソ科のカキドウシ と考えられているが
    
マメ科、サクラソウ科、ヒルガオ科の植物にも金銭草と呼ばれるものがあり、同様に利用される(@_@)

とあります。

効き目の違いはこのあたりのえー加減さが原因でしょうね。

ところで、金銭草なんてなんだかって感じの名前がついていますが(^_^;)、その葉っぱが丸くてコインのような形なのでついた名前だそうです。

また、とても繁殖力が強い植物で、カキドウシという名は、垣をとうりぬけて広がっていくということからついたそうです。

胆石治して、体調が良くなって、お仕事頑張ることができるので、給料上がって・・・ 
だからやっぱり金銭草ですネウインク



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2008年05月14日

三国志と華佗

何人かのお客様からもご心配いただきましたm(__)m

サト先生もアップしましたが、冠元顆粒の製造元、四川川大華西製薬工場は、無事だったとのことです。

建物や施設にも被害はなく、従業員さんも全員無事だそうです。

この工場は最近建てられたばかりで、丈夫に作ってあったのでしょうね。

ライフラインも被害はなく、工場自体は操業可能なのですが、事態が事態だけにしばらく操業停止するとのことでした。

とりあえず一安心なのですが・・・

それにしても街はひどいです、早い救済を祈るばかりです。


成都のことは以前にもサト先生のブログでアップ(下の方を見て下さいネ)しましたが、

三国時代の蜀の国で、その国王劉備玄徳や諸葛孔明のゆかりの品々が展示してある武侯祠や、パンダの飼育研究基地があったり、四川料理も堪能でき、日本からの観光客も多いところです。

私の相談机に吊っている「淡白明志」「寧静至遠」の掛け軸も、一昨年研修に行った時、武侯祠で買ってきたものです。


ところで、三国志といえば、東洋医学史上の医聖、華佗(かだ)が有名ですね。

水虫の塗り薬で今でも華佗膏(かだこう)というのがありますよ。

華佗は麻酔薬を最初に発明したとされ、腹部切開手術をしたと云われています。

また体操健康法や、関西ではあまり使いませんが屠蘇の発明者とも言われているのです。


当時、神医とも呼ばれていた華佗、

魏の曹操が華佗のうわさを聞きつけ、自分のお抱えの医者にしました。

華佗はしばらく曹操に仕えていたのですが、自分の待遇が悪いこと(当時医者の身分は低かった)が不満で、医書を取り行くと故郷へ帰ったきり、戻ってこなかったのです。

これに激怒した曹操は華佗を処刑してしまいました。

その後、曹操は名医華佗を殺してしまったことを生涯後悔したといわれています。


この三国時代の少し前、後漢の時代です。

長沙の長官であった張仲景が、現在でも日本の漢方医学のバイブルである傷寒雑病論を著したのです。

後漢の時代は西暦200年頃まで(日本では邪馬台国、卑弥呼の頃)なので
今から2000年ぐらい前の処方を私たちは常用しているのですネ。




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